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函館地方裁判所 昭和60年(ワ)224号 判決 1989年7月12日

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 山崎陽久

被告 乙山一夫

被告 同和火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 岡崎真雄

右訴訟代理人弁護士 藤原秀樹

主文

一  被告乙山一夫は、原告に対し、金六八八万六六三九円及びこれに対する昭和六〇年七月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告乙山一夫に対するその余の請求及び被告同和火災海上保険株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告乙山一夫との間に生じたものはこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とし、原告と被告同和火災海上保険株式会社との間に生じたものは原告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分につき、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、連帯して金八四八〇万九九三七円及びこれに対する昭和六〇年七月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  事故の発生

原告は、昭和五九年一二月二一日午前二時四〇分ころ、函館市亀田町一〇番五号先路上(国道五号線)を歩行横断中、同道路を亀田本町方面から万代町方面に向けて直進してきた被告乙山一夫(以下、「被告乙山」という。)が運転する普通乗用自動車(函五五み一五〇八。以下、「本件自動車」という。)に衝突され、これにより脳挫傷、骨盤骨折等の傷害を被った。

2  責任原因

(一) 被告乙山は、本件自動車を運転するに当たり、前方を注視して進行すべき義務があったのにこれを怠った過失により本件事故を発生させたものであるから、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

(二)(1) 被告同和火災海上保険株式会社(以下、「被告同和火災」という。)は、昭和五九年八月二五日、被告乙山との間で、被保険自動車を同被告所有の普通乗用自動車(函五五モ八一三八)とし、被保険者を同被告、保険期間を同月二六日から一年間、保険金額を一名につき金一億円とした上、被保険自動車の所有、使用又は管理に起因して他人の生命又は身体を害することにより被保険者が法律上の損害賠償責任を負担することによって被る損害を填補する旨の普通保険約款賠償責任条項を含む自家用自動車保険契約(以下、「本件保険契約」という。)を締結した。

(2) 本件保険契約には、被保険者が運転中の他の自動車が普通乗用自動車である場合、これを被保険自動車とみなして、被保険自動車の保険契約の条件に従い、普通保険約款賠償責任条項が適用される旨の他車運転危険担保特約がある。

(3) 本件事故時に被告乙山が運転中であった本件自動車は、本件保険契約の被保険自動車ではないが、前記他車運転危険担保特約の適用により、同特約の他の自動車に該当する。したがって、被告乙山は本件保険契約に基づき、被告同和火災に対して本件事故による保険金請求権を有しているところ、原告は、前記のとおり、被告乙山に対し、本件事故による損害賠償請求権を有しており、かつ、同被告は無資力であるので、本訴において、同被告に対して損害賠償請求をするとともに、これと併せて、民法四二三条に基づき、右損害賠償請求権を代位債権として、同被告が被告同和火災に対して有する右同額の保険金請求権を代位行使する。

3  損害

(一) 入院治療費 金三九四万七九八二円

原告は、本件事故により受傷の治療のため、昭和五九年一二月二一日から昭和六〇年三月一四日まで八四日間市立函館病院に入院し、入院治療費として金三三四万〇八〇二円の費用が発生した。

更に、昭和六〇年三月一五日から共愛会病院に入院し、同年四月三〇日まで四七日間の入院治療費として金六〇万七一八〇円の費用が発生した。

以上により、昭和五九年一二月二一日から昭和六〇年四月三〇日までの分の入院治療費は、合計金三九四万七九八二円である。

(二) 入院雑費 金一五万円

前記入院期間中、入院雑費として、合計金一五万円の費用が発生した。

(三) 家族付添費 金五九万五七〇〇円

昭和五九年一二月二一日から昭和六〇年五月末日までの入院につき一六一日間原告に家族が付添い、これによる家族付添費は、一日当たり金三七〇〇円として、合計金五九万五七〇〇円となる。

(四) 逸失利益 金二二九八万七六八六円

原告は、本件事故による前記受傷のため、神経系統の機能及び歩行運動機能の著しい障害、右目視力の喪失等の後遺症を残し、以上により、その労働能力の一〇〇パーセントを喪失した。

そして、原告は五〇歳であり、五七年度女子全年令平均賃金は年額金二〇三万九七〇〇円であるところ、原告の就労可能年数は五〇歳から六七歳までの一七年間であるから、ライプニッツ計算式により年五分の割合による中間利息を控除して右労働能力喪失による逸失利益を求めると、金二二九八万七六八六円となる。

(五) 介護費用 金三六八九万円

原告は、前記後遺症のため、向後日常生活を営むため介護人の介護を必要とする状態である。

そして、五〇歳女子の平均余命は昭和五八年簡易生命表によれば三一・六七年であり、一か月当たりの介護費用は金二〇万円を下らぬ(一日当たり約金七〇〇〇円とし、月三〇日の計算である。)から、右費用を、ライプニッツ計算式により年五分の割合による中間利息を控除して現在額を求めると、金三六八九万円を下らない。

(六) 慰藉料 金一六六〇万円

原告は、本件事故により、現在まで六か月間入院しており、右入院慰藉料としては、一か月当たり金一〇万円が相当であるから、金六〇万円となる。

また、後遺症に対する慰藉料は、金一六〇〇万円が相当である。

以上による合計額は、金一六六〇万円となる。

(七) 損害の填補

原告は、自動車損害賠償責任保険から、損害賠償として、金四〇万円の支払を受けた。

(八) 弁護士費用

原告は本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、その費用として、前記による損害賠償請求額の五パーセントに当たる額を支払う旨約したので、弁護士費用は、金四〇三万八五六九円となる。

よって、原告は、被告らに対し、連帯して金八四八〇万九九三七円(前記3(一)ないし(六)の合計金額から(七)を差し引き、(八)を加えた金額)及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和六〇年七月一九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払をなすことを求める。

二  請求の原因に対する被告らの認否

1  被告乙山

請求の原因1のうち、原告がその主張のような傷害を被ったことは不知、その余は認める。同2(一)は争う。同3は不知。

2  被告同和火災

請求の原因1のうち、原告がその主張のような傷害を被ったことは不知、その余は認める。同2(一)は認める。(2)(1)、(2)は認める。(3)は争う。同3のうち(七)は認め、その余は不知。

三  被告らの抗弁

1  被告乙山

原告は、常時補聴器を装填すべき難聴者であるにもかかわらず、本件事故当時これを怠り、本件自動車の接近を知り得なかったこと、自営の飲食店「いづみ食堂」で深夜まで飲酒し、酔ったまま外出したこと、本件自動車の前後及び対向車線上にも他車が走行していた交通事情を無視して横断したこと、左右の見通しのよい道路であるから本件自動車の接近を容易に発見し、避譲することができた状況にあったこと、等の事情が認められ、これら事情によれば、本件事故の発生に当たり、原告にも過失があるので、損害賠償額の算定に当たり、これを過失相殺として斟酌されるべきである。

2  被告同和火災

(一) 本件保険契約の他車運転危険担保特約において、被保険自動車とみなす他の自動車から、被保険者、その配偶者又は被保険者の同居の親族が常時使用する自動車を除くものとされている。

しかるに、本件自動車は、丙川太郎(以下「丙川」という。)が戊原から昭和五九年七月ころ買ったものであるが、丙川は運転免許を持っていなかったため、同年九月ころ、被告乙山にこの本件自動車を預け、以後、被告乙山は、本件事故を起こすまでの間、本件自動車を、通勤及び仕事上ばかりか、子供を幼稚園に送るのにも使用し、本件自動車を常時使用していたものであるから、本件事故には他車運転危険担保特約は適用されず、被告乙山には被告同和火災に対する保険金請求権が発生しない。

(二) 本件事故は、原告が、夜間、歩車道の区別のある幅員一六メートルの幹線道路(国道五号線)の横断歩道付近(横断歩道から三五メートルの地点)を横断中に発生したものである。しかも、原告は、聴力障害があったにもかかわらず補聴器も付けないで、また、道路の左右を見ないで横断を開始したものである。したがって原告には本件事故の発生について過失があり、四〇パーセントないし三五パーセントの過失相殺がされるべきである。

(三) 原告は、自動車損害賠償責任保険から、傷害分として函館市立病院の治療費に金八〇万円、後遺障害分として金一〇四五万円、以上合計金一一二五万円を受領し、原告主張の金四〇万円のほかに、前同額の損害の填補を受けた。

四  被告らの抗弁に対する原告の認否

抗弁1は争う。

同2(一)前段は認めるが、後段は争う。(二)は争う。(三)は認める。

第三証拠《省略》

理由

一  事故の発生

請求の原因1の事実は、原告の傷害内容の点を除き、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は本件事故により脳挫傷、骨盤骨折等の傷害を被ったことが認められる。

二  責任原因

1  被告乙山の不法行為責任

前記一の事実、《証拠省略》を総合すれば、被告乙山は、時速五〇ないし六〇キロメートルで亀田本町方面から万代町方面に向けて本件自動車を運転して本件現場に差し掛かった際、本件現場付近は歩車道の区別のある車道幅員一六メートルの平坦なアスファルト舗装道路であり、前方の見通しが良く路面照明も十分明るかったにもかかわらず、ギアチェンジをしようとして下を向き、かつ考えごとをしていたことから、自車の進路前方を全く注視せずに進行したため、前方車道上の横断歩道外の場所を歩行横断中の原告に気付かず、自車左前部を原告に衝突させたことが認められ、右認定を左右する証拠はない。

右認定の事実によれば、被告乙山は前方注視義務を怠った過失により本件事故を発生させたものというべきであり(右事実は、原告と被告同和火災との間では争いがない。)、したがって、被告乙山は、民法七〇九条に基づき、本件事故により原告が被った損害を賠償すべき義務がある。

2  被告同和火災の本件保険契約上の責任

請求の原因2(二)(1)、(2)の事実、及び本件保険契約の他車運転危険担保特約において、被保険自動車とみなす他の自動車から、被保険者、その配偶者又は被保険者の同居の親族が常時使用する自動車を除くものとされている事実(抗弁2(一)前段の事実)は、いずれも当事者間に争いがない。

そこで検討するに、右他車運転危険担保特約の趣旨は、被保険自動車(自家用自動車)を運転する被保険者が、たまたまこれに代えて一時的に他の自動車を運転した場合、その使用が被保険自動車の使用と同一視し得るようなもので、事故発生の危険性が被保険自動車について想定された危険性の範囲内にとどまるものと評価される限度で、他の自動車の使用による危険をも担保しようとするものであり、これと異なり、被保険者が常時使用する他の自動車については、もはやその事故発生の危険性を被保険自動車について想定された危険性に取り込むことができず、これと別個に右危険性を評価する必要があるので、当該保険契約による危険担保の対象とすることはできない、とするものと解される。そうであれば、右特約にいう「常時使用」に当たるか否かは、当該他車を使用するに当たって被保険者に許容された使用上の裁量の程度、被保険者における他車の使用目的、使用期間及び使用頻度・回数等の事情を総合勘案して判断するのが相当である。

これを本件について見ると、《証拠省略》を総合すれば、本件自動車(ニッサン・フェアレディZ)は、被告乙山の幼少時からの友人で東京盛代なる団体に属する丙川が、昭和五九年七月ころ戊原某なる女性から譲り受けたものであるが、自動車の運転免許を持たない丙川は、一時、同人と被告乙山の共通の友人である丁田一郎に一か月くらいこれを引き渡して使用させた後、次いで同年九月末ころ、被告乙山に引き渡し、同被告は、本件自動車を本件事故時まで継続して手許に置いていたこと、丙川は、その後、同年一〇月末覚せい剤取締法違反の罪で逮捕されて身柄を拘束されたまま、昭和六〇年二月懲役一年余の判決を宣告されて昭和六一年五月まで服役したこと、被告乙山は、本件自動車をそのキイ二個とともに丙川から引渡しを受け、その際、同人から「運転を頼む。」といわれたのみで、使用目的その他使用上の限定や制約の注文を一切言い渡されなかったこと、被告乙山は、本件自動車を自宅に置き、引渡しを受けてから本件事故時までの約八〇日余の期間、当時同被告が経営していた金融会社である乙田商事の事務所への毎日の通勤及び右会社の業務の遂行に使用するほか、子供を幼稚園へ送るとか個人的に遊びに行くために使用するなど、自己の必要のまま、多数回これを自分ひとりで乗り回して使用していたこと、現に、被告乙山は、本件事故前の昭和五九年一二月一九日午後三時ころ、本件自動車に子供を同乗させてプールに連れて行った後、午後八時ころ本件自動車を運転して麻雀荘「記者クラブ」に赴く等のことをし、翌二〇日午後五時ころも、やはり本件自動車を運転して貸金の取立業務のために前記丁田一郎方を訪ね、同人が不在であったため、喫茶店に立ち寄ったりしてから、前記麻雀荘まで同自動車を運転し、同所に同日午後七時ころから翌二一日深夜までいた後、再び本件自動車を運転して自宅に向かって走行し、その途上で本件事故を起こしたものであること、以上の事実が認められ(る。)《証拠判断省略》

叙上の次第で、これを要するに、被告乙山は、本件自動車の所有者である丙川から使用目的等使用上の限定・制約を何ら課されないまま、同自動車の自由な運転使用を委ねられてこれを引き渡されたものであって、同被告が許容された使用上の裁量の程度はあたかも自己所有車両の如く広範なものであったといえること、被告乙山は、本件自動車を自己の通勤や会社業務の遂行、その他家族や自分個人の使用目的に供し、しかも、右使用期間は本件事故時までの約八〇日間余の長期間であり(なお、前記事実関係からは、仮に本件事故が発生しなかったならば、丙川の前記服役終了時の前後まで、当分の間、前記態様による被告乙山の使用が継続したものと推認される。)、かつ、その使用頻度・回数は、毎日の通勤等極めて多数回に及んだものといえること、以上の事情が存在することが認められるのであり、これら事情を総合勘案すると、被告乙山による本件自動車の使用は、まさに前記特約にいう「常時使用」に当たるものといわざるを得ず、そうすると、その余の点について判断するまでもなく、被告同和火災に対する原告の請求は理由がないこととなるのは、やむを得ない次第である。

三  損害

そこで、被告乙山との関係で、損害について判断する。

1  入院治療費

《証拠省略》によれば、原告はその主張の期間市立函館病院に入院し、このため、入院治療費として金三三四万〇八〇二円の費用が発生したことが、《証拠省略》によれば、原告はその主張の期間共愛会病院に入院し、このため、原告主張の入院日数合計一三一日間につき、入院治療費として金六〇万七一八〇円の費用が発生したことが、それぞれ認められ、以上により、右入院治療費は合計金三九四万七九八二円となる。

2  入院雑費

前記各病院への入院により、右入院日数合計一三一日間にわたり、入院雑費として、一日当たり金一〇〇〇円、合計金一三万一〇〇〇円を要したことが認められる。

3  家族付添い費

前記1認定の入院経過事実に加え、《証拠省略》によれば、原告は、本件事故日の昭和五九年一二月二一日から引き続き昭和六〇年五月末日を超えて入院を継続し、原告主張のとおりの入院期間一六一日間にわたり、この間付添いを要する状態であり、かつ、右期間中、原告の家族が原告に付き添ったことが認められる。

したがって、右家族付添い費として、一日当たり金三七〇〇円、合計五九万五七〇〇円を要したことが認められる。

4  休業損害

原告は、その損害主張(請求の原因3(四))において、「逸失利益」のみを損害項目として掲げているところ、右主張は、これを善解すれば、本件事故時から入院治療による症状固定日までの休業損害と、その後の稼働可能期間にわたる後遺症による(狭義の)逸失利益の主張との、二つの主張を含むものと考えられる。

そこで、まず、右休業損害について検討すると、《証拠省略》を総合すれば、原告(昭和九年七月生まれ)は、本件事故時、一人で飲食店「いづみ食堂」を経営し、同時に生活保護(生活費・住宅費合計月額金七万円余)の給付も受け、飲食店の収入と生活保護給付で生活していたこと、原告の事故当時の健康状態については、当時、原告は、難聴(両側性感音性難聴)で、身体障害者福祉法施行規則別表三級該当として身体障害者手帳を交付されて補聴器を使用し、また、左眼の視力が〇・五であったが、他に健康上、特段の障害は窺われなかったこと、以上の事実が認められ、なお、右の飲食店収入の額については、証拠上、これを明らかにする資料はない。そうすると、原告の本件事故時の稼働収入については、昭和六〇年賃金センサス女子労働者学歴計企業規模計全年令平均賃金の年額金二三〇万八九〇〇円に照らし、生活保護受給の事実と前記の聴力及び視力の障害の点を勘案した上、これを、右平均賃金の二分の一の額である年額金一一五万四四五〇円と認めるのが相当である。

しかして、《証拠省略》を総合すれば、原告は、本件事故時の昭和五九年一二月二一日からの継続した入院治療により昭和六〇年一二月一八日に後遺症(その内容・程度については、5に認定するとおりである。)を残して症状が固定したものと見るのが相当であるので、右症状固定日までの入院期間三六三日について、前記認定の稼働収入年額金一一五万四四五〇円を基礎として休業損害を算定すると、金一一四万八一二四円となる。

5  逸失利益

《証拠省略》を総合すれば、前記のとおり昭和六〇年一二月一八日に症状が固定した本件事故による後遺症の内容は、①左片麻痺があり、一本杖にて跛行独立歩行可能、左上肢巧緻運動可能なるもやや不良、左下肢空中屈伸可・不良、左上下肢知覚鈍麻(+)、但し、CT所見上異常なし、②右眼視力につき明暗弁ないし指数弁、というものであること(《証拠判断省略》)、自動車保険料率算定会は、自動車損害賠償責任保険による原告に対する後遺障害認定について、左片麻痺、失調歩行等の精神神経障害(前記①)を自動車損害賠償保障法施行令第二条別表「後遺障害別等級表」七級四号に、右眼視力障害(前記②)を同表八級一号に、各該当するものとし、これから現存障害を併合五級該当とした上、既存障害としての左眼視力障害(視力〇・五)に同表一三級一号を適用し、原告を現存障害併合五級と既存障害一三級の加重障害と判断し、なお、難聴の点は、既存障害によるものとし、非該当としたものであること、前記症状固定時以降の担当医師による原告の具体的な生活状況の観察によれば、原告の左上肢に関しては、ボタンを付けたりお碗を持ったりすることができ、左下肢については、補助具を付けて三〇メートル程度は一本杖で歩行可能で、それ以上は車椅子で移動することになる。階段は何とか上がる、用便は自分で可能である、浴槽に独力では入れないが、体を洗うとか、洗面行為はできる、等というものであること、以上の事実が認められ、右認定を左右する証拠はない。

以上の認定事実によれば、原告は、本件事故による後遺症により、症状固定時である五一歳から稼働可能年令である六七歳まで一六年間にわたり、その労働能力の七〇パーセントを喪失したものと見るべきであり、この場合、原告の右逸失利益算定上の基礎収入を、前記4に認定したとおりの昭和六〇年賃金センサス女子労働者学歴計企業規模計全年令平均賃金の二分の一の額である年額金一一五万四四五〇円と認めるのが相当であるから、右金額に基づき、前記期間における労働能力喪失による逸失利益について、この間の年五分の割合による中間利息をライプニッツ計算式により控除した上、原告の症状固定時の逸失利益の現価を求めると、金八七五万八一〇七円となる。

6  介護費用

前記6認定の原告の後遺症の内容・程度に照らすと、原告について、右後遺症のため、向後日常生活を営む上で、原告主張の如く介護人の介護を必要とする状態であるとまではいうを得ず、原告の介護費用損害の主張は、失当というべきである。

7  慰藉料

本件事故の態様、治療経過、後遺症の内容・程度等諸般の事情を勘案すると、原告に対する慰藉料としては、金一一〇〇万円とするのが相当である。

8  過失相殺

前記二1前段認定の事実からすると、原告は、幹線道路というべき現場道路(国道五号線)の車道の横断歩道外の場所を横断中に本件事故に遭遇したものであるところ、同所認定の事故態様からすると、車道横断に際し、原告にも、道路左右の車両通行に注意を払わなかった落度があったものと推認され、この点、《証拠省略》によれば、付近は民家が密集する住宅・商店街であり(但し、同号証によれば、右横断場所は、横断歩道付近には当たらないものと認めるのが相当である。)、前記二1後段認定の被告乙山の前方不注視の過失は、それだけ非難されるべきものであることを考慮に入れても、右原告の落度は、過失相殺事由として斟酌されるのはやむを得ず、これにより、原告の損害算定に当たり、三〇パーセントの減額をするのが相当である。なお、当時、原告は、前認定のとおり難聴であったところ、弁論の全趣旨によれば、本件事故時に補聴器を付けていなかったことが認められるが、右事実が本件事故の発生に寄与したか否かは明らかではない。また、原告が、被告乙山主張の如く、酒に酔ったまま外出したものであるとする点は、証拠上、これを認めるに足りない。

以上により、過失相殺として、前記1ないし5並びに7の損害項目の合計金二五五八万〇九一三円からその三〇パーセントを減額すると、損害額は、金一七九〇万六六三九円となる。

9  損害の填補

原告が、損害の填補として自動車損害賠償責任保険から金四〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがなく、更に、原告が、損害の填補として自動車損害賠償責任保険から金一一二五万円の支払を受けたことはその自認するところであるので、以上合計金一一六五万円を前記損害額から控除すると、差引残額は金六二五万六六三九円となる。

10  弁護士費用

原告が原告訴訟代理人に対して本件訴訟を委任し、相当額の報酬の約束をしたことは、弁論の全趣旨によりこれを認めることができ、請求認容額その他の事情に照らし、右弁護士費用としては、金六三万円とするのが相当である。

四  以上の次第で、原告の本訴請求は、被告乙山に対して、金六八八万六六三九円(前記三、9の差引残額と10の弁護士費用の合計額)及びこれに対する遅滞の後である昭和六〇年七月一九日から支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、同被告に対するその余の請求及び被告同和火災に対する請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条を、各適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 福岡右武)

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